「緊急事態」で個人に浮き彫りになるもの(仕事編)

「緊急事態」で個人に浮き彫りになるもの(仕事編)
Photo by Daniel Apodaca on Unsplash

自身を省みるには、並々ならぬ努力。あるいは、劇的な環境の変化が必要だ。

新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、外出もままならない状況が続いている。


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少ならかぬ人が在宅勤務、つまり自宅で仕事に取り組むようになって、見えてきたものも多いのではないだろうか。

私自身はというと、業務自体には意外なほどに支障がない。

むしろ、通勤や雑務に充てられていた時間がなくなり快適な面も多い。

実務上困ることといえば、原本が必要な書類やその押印くらいで、

あとはデザインの確認などの際、対面よりも機微が読みづらく感じる。という程度で済んでいる。

適宜、出社しているメンバーにお願いしたり、オンラインツールの使用でカバーするようにしている。

肝心の生産性については、「打ち合わせ未満」のような中途半端な時間や、本来は不要のフォローなどがない分、多少コーヒーブレイクを挟んだところで業務量の変化を感じられない。

Photo by Maria Fernanda Gonzalez on Unsplash

というのも、コロナ禍依然と同様の業務量でないのではっきりとはわからないのが正直なところだ。

(一方でコーヒーの摂取量は確実に増えた)

自身のスキルの「伸びしろ」を実感させられる面も多いが、

それも含めて性分に合っているのではないかとも感じている。


働き方が強制的にシフトしたいま、皆さんはどうだろうか。

業務について、仕事そのものについて、感じ、考える機会が増えたのではないだろうか。

通勤が気持ちを切り替えになっていたことや、他愛もない雑談がアイデアフラッシュになっていたこと、

ひとつひとつは当然のことかもしれないが、小さなことの積み重ねが「日常」を作っている。

しかし、それはときに自身を深く省みる機会を奪ってしまうことにもなりかねない。

私は「思いのほか業務に支障がない」と感じたとき、

必要な業務かどうかを深く考えられていなかったことに気づいた。

もっというと「自分がしてきた仕事は何のだったのか」に改めて向き合うきっかけになった。


そもそも第3次産業が停滞しても、市民の生命そのものが脅かされるケースは稀だろう。

その点、仕事自体には意味なんてない。という論調も一理ある。

ただ、業績の悪化した企業が「企業活動として意味のないこと」しかもたらさない人に見返りを与え続けるだろうか。

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このような状況にあって、転職エージェントへのエントリーが急増し、在宅勤務ができる業種が人気だという話もある。

今回の強制的な在宅勤務で上司や同僚の目を気にせずWEBを閲覧できるようになった影響との見立てもあるが、

これが本当であれば職業上の自身を省み、情勢を鑑みての行動なのかには疑問が残る。

(転職エージェントへのエントリーを否定するつもりはない。情勢をどう捉えるかも基本的には個人の自由だと考えている。)

各々が自身を省みるのに充分すぎる環境の変化が起きている。

ただ、環境の変化が必ずしもそれをもたらすわけではない。